梅ヶ丘という駅名は、羽根木公園の梅林から生まれたのでしょうか。小田急電鉄の年表では駅の開設が1934年4月1日。世田谷区によると、公園の梅林が始まったのは1967年です。駅名が33年先にありました。
駅の名前の由来には複数の説が残っています。確かな年の順序と、由来を語る資料を分けて読むと、町と梅の関係が見えてきます。
梅ヶ丘駅と羽根木公園は、どこにある?
駅は梅丘、公園は代田四丁目
梅ヶ丘駅は東京都世田谷区の小田急線の駅です。駅名は「梅ヶ丘」、住所の町名は「梅丘」と書きます。本記事の範囲は駅周辺から羽根木公園まで。梅丘一〜三丁目の人口や境界を、そのまま駅周辺のものとは扱いません。
羽根木公園の住所は世田谷区代田四丁目38番52号です。区の案内では、梅ヶ丘駅から徒歩約5分、京王井の頭線東松原駅から徒歩約7分。駅名・公園名・住所の町名は、似ていても別のものです。
梅ヶ丘の名前は、何に由来する?
区の解説には「埋ヶ丘」と旧家の梅の二説
世田谷区の地名解説は、同区が引用する『小田急50年史』の記述として、古墳にちなむ「埋ヶ丘」説と、土地の旧家にあった梅の古木や梅鉢の家紋にちなむ説を紹介しています。区の別の地域史を引いた説明では、相原家の土蔵にあった梅鉢の家紋を見て駅名が提案されたとしています。
これは区が紹介する由来の記録です。原典の社史や地域史を今回直接読んで一説へ確定したものではありません。確かめられる年は、小田急電鉄の年表に載る1934年4月1日の駅開設です。
名前と梅林は、始まった年が違います
- 1934年 梅ヶ丘駅が開設。
- 1956年 東京都が羽根木公園を開設。
- 1967年 公園に55本の梅が記念植樹される。
- 1978年 第1回せたがや梅まつりが開催。
羽根木公園と梅林は、どう育った?
公園の開設、そして55本の植樹
第47回せたがや梅まつりパンフレットによると、東京都は1956年に羽根木公園を開設し、1965年に世田谷区へ移管しました。公園名は、この場所がかつて羽根木の飛び地だったことに由来すると同パンフレットは説明します。「六郎次山」「根津山」という古い呼び名も紹介されていますが、現在の町名や駅名と同一視はできません。
梅林は公園開設時からあったわけではありません。世田谷区の公園案内は、1967年に区議会議員選出の記念として55本を植えたことを始まりと記しています。パンフレットの年表では、1971年に東京都100周年記念の230本、1972年に区制40周年記念の100本が植えられました。梅の景観は、一度に出来上がったのではなく、記念植樹の重なりで育ちました。
区の公園案内は、2026年10月に確認したページで約670本・約60品種と紹介しています。一方、第47回梅まつりパンフレットは650本と記します。集計した時期や範囲の違いを確認できないため、「20本増えた」とは言えません。
梅まつりを始めた人たち
第47回梅まつりパンフレットによると、第1回の開催は1978年です。当時の北沢法人会会長・小野欽司氏を中心に、警察・消防などの協力団体と開催を構想したと記されています。植樹に続き、花を見に集まる機会も人の仕事によってつくられました。
同パンフレットは俳句講習会が第3回から開かれ、中村汀女氏、その長女の小川濤美子氏、孫の小川晴子氏へと講師が引き継がれたと紹介します。これはパンフレットが記録する催しの歴史であり、三氏を梅ヶ丘出身とする根拠ではありません。
いま公園で何を見られる?
梅の時期は品種と植樹の記録を読む
世田谷区の公園案内は、白加賀、八重寒紅、思いのままなど約60品種を挙げています。第47回パンフレットの園内図には、1971年や1972年の記念植樹のほか、1995年に太宰府天満宮から寄贈された梅、句碑の位置も示されています。花だけでなく、植えた年や経緯に目を向けると、園内の見方が変わります。
梅の見頃や催しの時期は毎年同じではありません。区の公園案内は梅まつりを例年2月上旬〜3月上旬と紹介しています。2026年の第47回は終了しています。次回の開催日や当日の開花状況は、訪問前に末尾の区公式案内で確認してください。梅林を守るため、パンフレットが案内するロープ柵や植え込みの内側には入らないでください。
梅が咲かない季節も、別の使い方がある
羽根木公園は花見だけの場所ではありません。区の施設案内には、野球場、テニスコート、プレーパーク、茶室日月庵などが載っています。プレーパークは公園の一角を使う冒険遊び場です。利用日や時間、貸し施設の条件は変わるため、目的の施設は区の最新案内を確かめてください。
冒頭の公園入口写真は2023年5月の撮影で、梅の開花を写したものではありません。駅の開設、公園の開設、梅林の植樹を別の時間として知ってから歩くと、羽根木公園は一つの名所であると同時に、用途を重ねてきた場所として見えてきます。
同じ世田谷区の三軒茶屋では、道の分かれ道と茶屋の名から町の成り立ちをたどれます。梅ヶ丘では公園の梅林が駅名より後に生まれたという順序が、名前と目の前の風景を分けて読む手がかりです。







