岐阜県白川村の荻町(おぎまち)では、大きな茅葺き(かやぶき)屋根の家と、その間に広がる田畑を一緒に見ることができます。白川郷の風景としてよく知られる集落ですが、屋根の下には、住まいと仕事場を重ねて使ってきた歴史があります。
屋根裏では蚕を育て、屋根を葺くときには人と材料を集める。今も、傷んだ茅を補う職人や、田を耕す人の仕事が景観を支えています。屋根の形から、その形を残すための仕事へ。荻町を六つの章でたどります。
町の輪郭
家のすぐ隣に、なぜ田畑があるのでしょうか?
荻町は、岐阜県北部を流れる庄川の東側、標高約500メートルの河岸段丘にあります。河岸段丘とは、川沿いにできた階段状の土地です。山の間の平らな場所に、家、田畑、細い道が集まっています。
世界遺産センターの解説では、集落は南北約1.5キロ、東西は広いところで約350メートル。家々の間を縫う古い道には幅2〜4メートルほどのものがあり、1890年には集落を南北に通る道が整えられました。家だけでなく、道と耕作地も集落を形づくっています。(参考:荻町)
水も、家と田をつなぐ存在でした。湧き水から引く水路が暮らしや灌漑に使われ、1926年には大俣導水路が整備されました。田畑の間に見える流れから、屋根の外にも目を向けられます。
「白川郷」と「荻町」は同じ範囲ですか?
白川郷は荻町よりも広い地域の呼び名です。世界遺産を構成するのは、白川村の荻町と、富山県南砺市の相倉(あいのくら)・菅沼の三集落。後の二つは五箇山と呼ばれる地域にあります。(参考:遺産の範囲)
この記事で中心に扱うのは荻町です。世界遺産センターが示す2023年の128戸も、荻町の戸数であり、白川村全体の人口ではありません。保存地区だけの最新人口や年齢構成は、今回確認した資料では分かりませんでした。
歴史と発展
大きな屋根裏では、何をしていたのでしょうか?
合掌造りの大きな三角屋根。その内側を広く使えたことが、かつての仕事を支えました。屋根裏は、絹の糸になる繭(まゆ)をつくる蚕(かいこ)の飼育場でした。
蚕を育てるには広さだけでなく、光と風が必要です。合掌造りは、屋根の両端にある三角の壁に窓を設け、屋根裏の採光と換気を確保しました。世界遺産センターは、限られた平地を使い、新しい建物を増やさずに養蚕の場所を得る工夫として説明しています。(参考:合掌造りを知る)
屋根を支える木組みにも特徴があります。柱や梁で組む下の部分と、屋根を形づくる上の部分は、構造が分かれています。下は大工の仕事。上は、木材を縄や「ネソ」と呼ぶ木の結束材で留める仕組みで、村人の共同作業が担ってきました。足元の柱と頭上の木組みで、つくり方と担い手が異なっていたのです。(参考:合掌造りの構造)
合掌造りの家では、床下を使う仕事もありました。白川郷では、火薬の原料となる塩硝(えんしょう)づくりが行われていたことを、世界遺産センターの産業史が伝えています。屋根裏の養蚕と合わせて見ると、家は農作業の後に帰る場所であると同時に、収入を得る場所でもあったのです。(参考:歴史・産業)
養蚕の時代が過ぎたあと、どう集落を残したのでしょうか?
世界遺産センターの産業史によると、白川郷・五箇山の養蚕が本格化したのは17世紀末ごろ。幕末に外国との貿易が始まり、生糸や絹織物の輸出が増えると、この地域の養蚕も伸びました。(参考:歴史・産業)
村の養蚕は衰え、世界遺産センターの保存史によると、1979年には産業として終わりました。仕事に必要だった大きな家を、その後も維持するには、別の支えが必要になります。
荻町では1971年、住民による「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」が発足しました。建物を売らない、貸さない、壊さないという三つの原則を掲げ、景観と生活を守る道を選びました。1976年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれ、1995年に世界遺産へ登録されています。(参考:保存の歴史・取り組み、遺産の範囲)
大切なのは、世界遺産になってから保存が始まったわけではないことです。先に住民の取り決めがあり、それを制度が支えてきました。
人と暮らし
「結」の屋根葺きは、どのように分担するのですか?
「結(ゆい)」は、家ごとの大仕事を助け合う仕組みです。屋根葺きでは、ただ大勢が屋根に上がるのではなく、経験や作業場所に応じて役割を分けます。
世界遺産センターの解説には、次のような仕事が紹介されています。
- 世話役:人や材料を手配し、作業を取りまとめる。
- 葺き師:屋根の外で茅を押さえ、位置を整える。
- ハリ師:屋根の内側から、茅を留める縄を通す。
- 運ぶ人・支える人:茅を渡すほか、食事や片付けを担う。
屋根の端を整えるなど、熟練を要する作業もあります。手順を知る人と、内外で息を合わせる人が、雨をしのぐ屋根をつくります。(参考:結の屋根葺き・役割)
助けてもらった内容は「結帳」に残し、相手の家が葺き替えるときに返す「結返し」へつなげてきました。人手や材料のやり取りを覚えておくことも、共同作業の一部でした。
一方、現在の屋根葺きでは専門の職人も大きな役割を担います。センターの技術解説では、結で茅を載せた後に職人が仕上げる形も紹介されています。助け合いと専門の技術を組み合わせながら、屋根を守っています。(参考:結の屋根葺き・技術)
屋根を葺き替えない日にも、どんな仕事がありますか?
茅葺きの家を守るうえで、火への備えは欠かせません。村の案内は、住民による日々の火の用心と、放水銃などの設備の管理を紹介しています。年に一度の一斉放水も、火災に備え、設備が働くかを確かめる点検です。(参考:白川郷を訪れる皆さまへ、防災)
建物を直したり外観を変えたりするときも、家主だけで判断して終わりではありません。「守る会」は現状変更の申請について話し合い、意見をまとめ、教育委員会の許可につなげます。家や店の使いやすさと、集落全体の姿をどう両立するか。その調整も保存の仕事です。(参考:保存の歴史・取り組み)
2025年度の財団事業報告には、守る会の会合や茅刈りなどの活動への支援も記録されています。大きな葺き替えの場面の間に、こうした話し合いと手入れが積み重なっています。
仕事と店
屋根に使う茅は、すべて村で集めているのでしょうか?
屋根を直すには、職人の技術とともに、茅を確保する仕事が必要です。一般財団法人世界遺産白川郷合掌造り保存財団の2025年度事業報告(2025年4月〜2026年3月)を見ると、村内だけでなく、静岡県御殿場市でも茅を調達しています。
| 調達場所 | 2025年度の実績 |
|---|---|
| 白川村内 | 2,500束 |
| 御殿場 | 3,960束 |
いずれも、報告書の機械束換算による数字です。屋根何軒分か、荻町が必要とする茅の何割かまでは、この数字だけでは分かりません。ただ、目の前の屋根が村の外の草地や作業ともつながっていることは読み取れます。
同じ報告には、傷んだ部分に茅を差し込む「差し茅」の助成が8棟で行われたとあります。全面的な葺き替えを待つだけでなく、部分的に補うことで屋根を使い続けるのです。(参考:2025年度事業報告・1、3ページ)
田を耕すことも、保存の仕事なのですか?
保存財団の仕事には、建物の手入れだけでなく、集落の田畑を耕すことも含まれます。2025年度は水田4,250平方メートルを耕作し、収穫した米を「しんがいゆい米」として販売したと報告しています。これは財団が耕作した面積で、荻町全体の水田面積ではありません。
その仕事を選ぶ人の姿も、村の公開取材から見えます。2024年1月16日掲載の記事で、当時財団の課長補佐だった山田雅彦さんは、田畑の耕作がこの職場を選んだ理由の一つだと話しています。
山田さんは白川村の出身で、2023年にUターンしました。記事は、駐車場の管理や冬の除雪と、景観を守る農作業がある職場として紹介しています。(参考:財団で働く人への公開取材)
屋根の周囲に田が残る背景には、耕し、収穫する人の仕事があります。
和田家は、昔の商いと今の仕事をどう伝えていますか?
荻町の和田家は、村の名主や番所の役人を務め、塩硝の取引にも関わった家です。観光協会の紹介によると、現在も住居として使いながら、1・2階の一部を公開しています。
ここでは、建物を見る場所と、人が暮らす場所が重なります。大きな屋根裏を見るだけでなく、「家を使いながら公開する」という現在の仕事にも目を向けてみてください。立ち入れるのは案内された範囲です。(参考:和田家)
見どころ
屋根裏と寺では、どこに目を向けると分かりやすいですか?
和田家では、屋根裏の広さと木材の組み方を見ると、養蚕のための空間が実感しやすくなります。写真で見た縄の結び目や、窓の位置にも注目できます。
もう一つ、明善寺では、庫裡(くり)と本堂の違いを見られます。庫裡は、寺の住職や家族が暮らす建物です。国土交通省の解説によると、1817年に建てられた合掌造りの庫裡を、現在は郷土館として公開しています。
屋根裏には養蚕に使われた空間があり、暮らしの道具などが展示されています。見学後は渡り廊下で本堂へ進むことができます。本堂も茅葺きですが、庫裡と同じ三角形の合掌造りではありません。家と寺を「大きな茅葺き屋根」と一括りにせず、形と使い方を見比べられます。(参考:明善寺郷土館、国土交通省解説)
見学情報は2026年10月15日に公式案内で確認しました。臨時休館や変更は、訪問前に各施設の案内を確かめてください。
- 和田家:白川村荻町997。9:00〜17:00、不定休。中学生以上400円、小学生200円。地図で見る
- 明善寺郷土館:白川村荻町679。4〜11月は8:30〜17:00、12〜3月は9:00〜16:00、不定休。大人400円、小・中学生200円。地図で見る
集落を歩くとき、気をつけたいことは?
村が案内しているのは、生活の場を訪れるための具体的な約束です。(参考:白川郷を訪れる皆さまへ)
- 車は指定の駐車場へ。観光のために集落内へ乗り入れない。
- 民家の庭や畑、公開していない建物へ入らない。
- ごみは持ち帰り、喫煙は指定の場所だけで行う。
- 日帰りの散策は、村が案内する8:00〜17:00の時間帯を目安にする。
屋根の写真を撮るときも、その手前にある田や家の入口は誰かの仕事場や生活空間です。道から見える範囲で、建物と周りの暮らしを一緒に見て歩けます。
ほかの町との比較
五箇山も、同じように屋根を葺くのでしょうか?
荻町と五箇山の相倉・菅沼は、同じ世界遺産を構成しています。それでも、茅を集め、屋根を直すやり方まで一つではありません。
世界遺産センターの比較解説は、白川郷では多くの人が集まり、屋根の大きな面を葺き替える方法が見られる一方、五箇山では茅を確保できる量に合わせ、部分ごとに葺き替えてきたことを紹介しています。五箇山では、使う家へ茅を融通し、自分の家の番に返してもらうやり取りもありました。(参考:白川郷と五箇山の違い)
| 比べるところ | 荻町を含む白川郷 | 五箇山 |
|---|---|---|
| 資料に見える葺き替え方 | 人と茅を集め、大きな面を葺く | 確保した茅に合わせ、部分ごとに葺く |
| 屋根の端の形 | 角を立てる仕上げ | 丸みを持たせる仕上げ |
| 現在の支え | 結に加え、専門職人や保存財団の事業 | 専門職人が担い、富山県西部森林組合が保存に関わる |
この表は、地域ごとの特徴を整理したものです。全ての家がいつも同じ方法で修理される、という意味ではありません。五箇山の解説でも、結の形が変わり、専門職人による屋根葺きへ移ってきたことが記されています。(参考:五箇山の屋根葺き)
茅葺きの集落をもう少し読み比べたい方には、美山北の暮らしをたどる記事もあります。
荻町の屋根を見るときは、その内側で何をしていたか、次に直す茅をどこから運ぶかにも目を向けてみてください。屋根裏、縄の結び目、家の間の田。形を残すための仕事は、歩いて見える小さな場所につながっています。






