鉄輪(かんなわ)の湯けむりは、町のあちこちにある「熱の使い道」を教えてくれます。お風呂に入る。食材を蒸す。宿に泊まり、自分でご飯を用意する。その一つひとつが、温泉のある暮らしにつながっています。

大分県別府市の山側にあるこの町を、眺める景色から、使い続ける場所へ。通りや釜の写真を手がかりにたどってみます。

町の輪郭

鉄輪は、別府のどこにあるのでしょうか

鉄輪は、別府の代表的な八つの温泉地「別府八湯」の一つです。西側の山から東側の別府湾へ下る土地にあり、海沿いの別府駅周辺とは異なる温泉街をつくっています。

この記事では、鉄輪むし湯やいでゆ坂、貸間旅館が集まる一帯を中心に見ていきます。「鉄輪」は温泉地の呼び名で、人口統計の一つの町名とは重なりません。

国道500号沿いの大きな宿泊施設、細い道沿いの浴場や住まい、西側の地獄めぐりの施設。市の調査報告は、鉄輪にあるこうした場所の違いを整理しています。大通りから一本入ると、温泉を楽しむ場と日々を過ごす場が近づく町です。

宿や店が並び、奥へ下っていく鉄輪の通り
鉄輪温泉街の通り。宿の建物と店先が、下り坂に沿って並んでいます。2020年の景観を示す写真で、看板の店の現在の営業を保証するものではありません。 撮影:松岡明芳、2020年2月24日/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。縮小・WebP変換。原掲載ページと利用条件は末尾の参考資料にまとめています。

湯けむりは、温泉を使う仕組みとどうつながりますか

白く見える湯けむりの正体は、水蒸気が空気中で冷え、小さな水滴になったものです。水蒸気そのものに白い色がついているわけではありません。

高温の湯と蒸気が一緒に出る源泉では、二つを分ける「気液分離装置」を使います。湯は管を通して町へ送り、蒸気は空中へ。別の使い道として、その熱で食材を蒸す地獄釜もあります。

温泉から得るもの町で使う工夫身近な使い道
高温の湯管で運び、使える温度に整える宿や共同浴場のお風呂
蒸気の熱釜に食材を入れ、ふたをする地獄蒸しの料理
湯や蒸気の熱石室の床を温める石菖の上に横たわるむし湯
別府市の景観・施設案内、柳屋の調理案内をもとに、熱と湯の使い道を整理した模式表です。実際の配管図ではなく、すべての施設が一つの源泉や装置でつながることを示しません。

湯けむりの見え方は、気温や湿度、風でも変わります。冬や朝夕に見えやすいことがあっても、写真の白い量だけで湯の量や温泉街の盛衰を判断することはできません。

歴史と発展

蒸気は、昔から料理だけに使われていたのですか

江戸時代の鉄輪では、蒸気をものづくりにも使っていました。市の調査報告が紹介する1799年の北鉄輪村の記録には、麻や「いちび」などを蒸す仕事が出てきます。

いちびは、繊維を取る植物です。蒸して皮をはぎ、その繊維を七島表という畳表の縦糸にしていました。熱を出す場所に材料を持ち込み、加工する。湯に入る人だけでなく、仕事をする人も温泉を必要としていたことが分かります。

ここでは、市の調査報告による史料の紹介と解説を参照しています。もとの古文書を独自に調べ直したものではありません。

貸間旅館は、どんな滞在から生まれたのでしょうか

「貸間(かしま)」は、部屋を借り、自炊しながら過ごす宿の形です。温泉地にしばらく滞在する湯治と結びついてきました。

市の2009年の調査では、明治時代の鉄輪の宿は、農業との兼業が多かったと説明されています。農作業の忙しい季節と、冬に多い湯治客の季節がずれることが、その背景として挙げられています。

その後、道路が整い、地獄めぐりなどを目当てに訪れる人が増えました。湯治の宿だけでなく、観光客を受け入れる施設も広がります。町の変化を、宿の使い方で見ると分かりやすくなります。

  • 湯治の滞在:部屋を拠点に、自炊をしながら温泉へ通います。
  • 観光の滞在:地獄めぐりなど、町の外へも動きながら過ごします。
  • いま選べる滞在:自炊と外食を組み合わせる宿もあります。具体例は後の柳屋で紹介します。

どれか一つが、前の形をすべて置き換えたわけではありません。貸間と大きな宿がともにあるところに、鉄輪の時間の重なりが見えてきます。

調理器具と流し台が並ぶ双葉荘の調理場
双葉荘の調理場。流し台や調理器具が並び、自分で食事を用意する場所が宿に備わっていることが分かります。昔の宿の内部ではなく、2020年に撮影された一例です。 撮影:松岡明芳、2020年2月24日/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。縮小・WebP変換。原掲載ページと利用条件は末尾の参考資料にまとめています。

人と暮らし

熱い湯を、お風呂で使える温度にするには

湯が湧けば、そのまま使えるとは限りません。温度を整え、浴場を維持する仕事が必要です。市の景観案内には、住民が組合をつくり、共同浴場を管理・運営する仕組みが紹介されています。

渋の湯では、「湯雨竹(ゆめたけ)」という竹製の装置で湯を冷まします。高温の湯を竹の枝に伝わせ、落ちる間に温度を下げる工夫です。組合の公式案内では、これによって源泉をかけ流しで使うと説明しています。

地獄釜では熱を料理に使い、浴場では入れる温度に整える。同じ温泉でも、使い道に合わせた手間があるのです。

渋の湯の浴室。浴槽の奥に竹を並べた湯の流入口が見える
渋の湯の浴室。浴槽の奥には、竹を並べた湯の流入口が見えます。写真だけで冷却装置全体の構造や温度は分からないため、仕組みは温泉組合の説明をもとにしています。 撮影:Tatsuya Fujii、2020年5月24日/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。縮小・WebP変換。原掲載ページと利用条件は末尾の参考資料にまとめています。

温泉街の中心には、どれくらいの人が暮らしていますか

別府市が公開する2026年3月31日の地域・年齢別人口では、温泉街にある鉄輪上、風呂本、井田の数字を確認できます。

統計上の地域 人口 65歳以上
鉄輪上 290人 110人
風呂本 114人 67人
井田 62人 27人
この3地区の合計 466人 204人

65歳以上は、3地区を合わせると約43.8%です。15歳未満は28人でした。観光のために訪れる人の後ろには、年齢の異なる人たちの日常があります。

これは温泉街全体の人口ではなく、記事で取り上げる場所に関わる3地区の集計です。鉄輪東や北鉄輪などは含めていません。公開CSVの世帯数欄は空白で、単身世帯などの内訳も載っていないため、世帯の姿までは分かりません。

一遍上人の像を、お風呂へ運ぶのはなぜですか

鉄輪には、鎌倉時代の僧・一遍上人が湯を開いたという伝承があります。その徳と温泉の恵みに感謝する行事が「湯あみ祭り」です。

渋の湯の案内によると、永福寺の一遍上人像を運び、渋の湯で洗い清め、鉄輪むし湯に入っていただく法要が行われます。湯を入れた竹筒を持ち寄る行事もあり、温泉そのものが祭りの中心にあります。

市の調査報告は、現在につながる祭りが1960年に復活したと記しています。2026年の市公式観光サイトにも、9月20〜22日の第67回の案内が残り、終了と表示されています。

湯の始まりは伝承として、祭りの歩みは記録からたどれます。1276年という開湯年を、そのまま今の施設の建築年や、すべての行事が途切れず続いた証拠にはできません。

仕事と店

地獄蒸しの食事は、宿の中だけで完結しますか

鉄輪の宿では、自分で食べるものを買い、蒸し、片づける時間も滞在の一部になります。部屋を貸す仕事と、食材を売る仕事がつながるところです。

鉄輪井田の「湯治柳屋」は、中庭に石造りの地獄釜を備えています。公式案内では、食材をざるに並べて蒸す方法に加え、自炊室の冷蔵庫や調理器具、周辺の商店やスーパーでの買い物を紹介しています。

買い物から用意するのが難しい人向けに、事前に申し込める蒸しものセットもあります。滞在する人が、どこまで自分で用意するかを選べる形です。

木のふたをかぶせた双葉荘の地獄蒸し釜
木のふたをかぶせた地獄蒸し釜。これは柳屋ではなく、双葉荘で2020年に撮影された設備です。温泉の熱を調理に使う、鉄輪の宿の具体例として掲載しています。 撮影:松岡明芳、2020年2月24日/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。縮小・WebP変換。原掲載ページと利用条件は末尾の参考資料にまとめています。

釜は高温になります。初めて使うときは宿や施設の説明を受け、器具の扱いや食材ごとの蒸し方を確かめてください。通りで見つけた湯や噴気を、自由に調理へ使ってよいわけではありません。

柳屋を継いだ橋本栄子さんは、何を変えましたか

柳屋の継承を考えるうえで、橋本栄子さんの仕事が手がかりになります。環境省が2019年1月に発行したニュースレターは、2018年の登壇内容とともに、宿が2014年に「湯治柳屋」として再出発したことを紹介しています。

橋本さんは、BEPPURISMのインタビューで、和室にベッドを置いたことや、自炊と外食の間に選択肢を増やしたことを話しています。毎食を自炊するのも、毎食をレストランで過ごすのも違う。数日泊まる人の食事を考え、宿の前にそば屋を迎えた経緯も語られています。

環境省の記録にある、町のスーパーに食材セットを売ってもらう取り組みも、その一例です。宿が何でも抱えるのでなく、外へ買い物に出る用事をつくる。長く泊まる人と町の店を結ぶ仕事です。

橋本さんは、ここでは鉄輪で宿を継ぎ、運営に携わった人物として紹介しています。鉄輪出身という意味ではありません。また、インタビューには公開年月の表示がなく、そこで語られた割引などを現在の宿泊条件としては扱っていません。

見どころ

初めてなら、どこで蒸気を使う体験ができますか

町の熱の使い方を体験するなら、「蒸して食べる」「温めた床に横たわる」を分けて選ぶと、違いが分かりやすくなります。以下は2026年10月10日に市の案内を確認した内容です。

地獄蒸し工房 鉄輪は、いでゆ坂沿いの蒸し料理体験施設です。市の案内では、次のようになっています。

  • 10時〜19時、最終注文は18時です。
  • 第3水曜日が休みで、祝日の場合は翌日になります。
  • 予約は受け付けていません。

食材や釜の利用条件、臨時休業は、末尾の施設案内で確かめてから出かけてください。

地獄蒸し工房 鉄輪を地図で見る

鉄輪むし湯では、温めた石室の床に敷いた「石菖(せきしょう)」という香りのある植物の上に横たわります。浴槽に浸かるのとは違う、熱の受け取り方です。

  • 2026年10月1日〜2027年1月31日は、7時30分〜19時30分、最終受付19時です。
  • 入浴は中学生以上、700円。レンタル浴衣は別料金で、Tシャツと短パンの持参もできます。
  • 第4木曜日が休みです。祝日の場合は翌日になります。

通常時間とは異なる期間中なので、訪問日が先の場合は最新の市の告知を確認してください。入浴の方法や体調に関する注意は、受付と現地の掲示に従いましょう。

鉄輪むし湯を地図で見る

鉄輪むし湯の瓦屋根と玄関
鉄輪むし湯の外観。2011年の写真です。現在の受付時間は写真の時点ではなく、本文に記した2026年10月の市の告知を参照してください。 撮影:STA3816、2011年10月19日/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。縮小・WebP変換。原掲載ページと利用条件は末尾の参考資料にまとめています。

浴場の周りでは、何に目を向けるとよいですか

「熱の湯」は、無料で利用できる共同浴場です。市の案内によると、現在の建物は1977年に建てられました。周囲には、かつての飲泉場や洗濯場など、湯を日々の用事に使ってきた痕跡も紹介されています。

お風呂、料理、洗濯を、別々の施設名として見るだけでなく、暮らしの用事として並べてみる。すると、湯治に来た人が何日も過ごせる町の姿を想像しやすくなります。ただし、古い利用の説明は、今そこで飲泉や洗濯ができるという案内ではありません。

熱の湯を地図で見る

細い通りには住まいや宿の入口もあります。写真を撮るときは通行をふさがず、建物や浴室の中はそれぞれのルールを確認してください。設備の配管や釜は、見学用の展示とは限りません。

ほかの町との比較

郡上八幡の水舟と比べると、鉄輪の何が見えますか

岐阜県の郡上八幡にも、自然の水を暮らしに取り込む工夫があります。「水舟(みずふね)」は、二つか三つの水槽へ順に水を流し、用途を分ける設備です。

鉄輪の釜と並べるなら、「食事の周りで、自然の水や熱をどう使うか」という見方ができます。

見るところ 鉄輪 郡上八幡
食事との関わり 蒸気の熱で、食材を加熱する 水舟の水を、食材や食器の洗浄などに使い分ける
使うための工夫 釜やふたで熱を使い、浴場では湯を冷ます 水槽を段にして、上流と下流の用途を分ける
訪れるとき 宿泊者用の釜と、体験施設を区別する 私有地の水舟と、観光用に置かれたものを区別する

この表は、両方の町の暮らし全体を二つに分けたものではありません。今ある水舟の飲用可否や、個々の釜の利用条件も、現地での確認が必要です。

郡上八幡の水舟と、手入れの仕事を読む

鉄輪では、同じ温泉の「熱さ」が、食材を蒸すときには役に立ち、入浴するときには調整するものになります。湯けむりの下にある釜や浴槽を見比べると、自然の熱をそのまま受け取るのでなく、使う人の手で暮らしに合わせてきたことが見えてきます。